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2018年3月12日11時27分

宮里藍さんがゴルフ大会のアンバサダーとして新たなキャリアのスタートを切る

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2018年度の大会から『宮里藍サントリーレディスオープン』へ名称が変更。大会アンバサダーとして、現役時代の経験を活かす
2017年9月に引退後、地元沖縄などで過ごしていた宮里藍さん。今後のことについては“ゆっくりと考えていきたい”と話していた。どのような活動をしていくのか。大きな注目を浴びていたが、舞台として選んだのは『サントリーレディスオープンゴルフトーナメント(6月7日~10日・兵庫県六甲国際ゴルフ倶楽部)』の大会アンバサダーだった。

宮里さんは、アマチュア選手だった2000年の同大会に初出場すると、当時の史上最年少記録14歳11ヵ月でプロツアーの予選を通過。2003年にプロ転向した際には所属契約を結び、翌年には優勝するなど、サントリーの顔として活躍してきた。今回、アンバサダーとしての任命に加え、大会名にも『宮里藍』の名前が入る。サントリーコミュニケーションズ代表取締役社長の山田眞二氏は、

「今の時代に合わせて同大会を進化させたいという思いから、10年以上応援をしてきた宮里さんに力を貸していただきたく、今回の任命に至りました」
と期待を込めた。活動としては『⼤会の広報⼤使としての活動』『選⼿としての経験を活かしたトーナメント運営に関するアドバイス』『⼤会を通したジュニア選⼿の育成・アマチュア選⼿との交流』などを行う。宮里さんは、

「大きな責任感。そして、一緒に新しいことに挑戦していける環境を与えていただき、非常に感謝しています。現役時代に得た経験を活かし、ジュニア育成、アマチュアの方と触れ合うなど、たくさんのことができると思います。また現役時代、米女子ツアーでコースセットアップ委員会というものに携わらせていただきました。コースセッティングのほうでも何か力になれればと思っています。今後は、プロ選手という目線を一度外れて、客観的にツアーを勉強していきたいという気持ちがあります」

と大会の運営などを中心に勉強していきたいと話した。

27大会を実施している同大会。過去、阪神大震災以降の1996~2008年までは“We Love KOBE”と大会名についていたが、人名が入るのは初めて。同大会がどのように変化していくのか。新たな歴史を宮里さんと刻んでいく。
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