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2016年9月9日15時18分

2016リオデジャネイロパラリンピックがスタート!カヌー競技に出場する瀬立モニカがカヌーを始めたきっかけとは?

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2020年8月25日は
東京パラリンピック開会式
青い45枚の木製パネルで制作されたパラリンピックのエンブレム。『多様性と調和』とメッセージが込められている
いよいよ、9月7日から始まった2016リオデジャネイロパラリンピック。日本では、8月25日に東京2020パラリンピックがちょうど4年後というイベント「みんなのTokyo 2020 4 Years to Go!!」が、都庁都民広場で開催された。

小池百合子東京都知事をはじめ、パラリンピアンの谷真海(トライアスロン)、瀬立モニカ(カヌー)、1992年バルセロナ五輪競泳金メダリストの岩崎恭子さん、エンブレムをデザインした野老朝雄さんらが出席した。

小池都知事は、

「リオでパラリンピックが行われています。この大会を機会に、様々な競技を知ってもらい、ファンになってほしいです。20年東京で行われるパラリンピックでは、会場を満員にすることを目標にしています。今後、世界中から集まるパラリンピック選手を迎えるため、ハード・ソフト両面の取り組みを全力で進めていきます」

と大会成功に向け力強く話してくれた。また同広場では、小学生ら約100人の子どもたちが「みんなでつくる東京2020大会エンブレム」に挑戦。

五輪&パラリンピックの両エンブレムは、共に45の四角いピースが組み合わされて構成されており「多様性と調和」のメッセージの下“違いはあっても、超えてつながりあう”ということをデザインで表現している。小学生たちは、青い45枚の木製パネルであらかじめ設置されたオリンピックエンブレムを移動し、パラリンピックのエンブレムに変えていき、完成させた。
座れないのにカヌーに乗るなんて
絶対に無理だと思っていた
日本人として唯一カヌー競技出場する瀬立モニカ
パラリンピックのエンブレムが完成した後には、トークショーが開催。リオデジャネイロパラリンピックでカヌー競技に出場する瀬立モニカらが参加した。瀬立は、中学生の時にバスケットボール部に所属。さらに、体育の先生からカヌーを薦められ、江東区が始めた区立中学校合同カヌー部にも所属し、2013年の東京国体を目指していた。

しかし、選考会の前に体育の授業で、倒立前転を失敗し、頭を打ったことが原因で「体幹機能障害」に。下半身のコントロールができず、座った姿勢を保つことが難しい状態となったが、カヌー協会の連絡がきっかけで、パラリンピックを目指すことになる。

「入院し、カヌーから1年程度離れていましたが、ある日突然カヌー協会の方から『2020年が東京に決まった。カヌー種目も入っているし一緒に目指さないか』という連絡がきました。座れもしないのに、体幹が一番大切なカヌーに絶対に乗れるわけがないと、メールを無視してしまいました。そしたら再度メールがきて、『じゃあ1回挑戦して、乗れないと分かれば諦めてくれる』と思いました。そして、絶対に落ちてやろうと決めていたんです(笑)。しかし、カヌー協会の方が1枚上手で、絶対に落ちないような船が用意されていて、それに乗ってみたら、もしかしたらできるかもしれないと感じました。協会の方から『すぐに日本代表になれる』という言葉もいただき、じゃあ目指してみようということで始めました」

カヌーは今大会から、正式競技に採用。瀬立は、9月14~15日に行われる女子カヤックシングル(運動機能障害KL1)に唯一の日本選手として出場する。

「カヌーは乗っていれば、足があるかどうかなんて全く分からない。船から降りてみて、あのひと片足がないんだとか思うんです。私が、健常者から障害者になり、パラの世界を見て感じたことです。そういったことを、様々な人に伝えていけたらいいなと思います」

自身の経験を糧に、パラリンピックの素晴らしさを伝えていきたいと笑顔で語った瀬立。リオではどのようなプレーを魅せてくれるか。その先の東京大会に繋がる活躍を期待したい。
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