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2021年1月20日13時32分

【元体操選手 岡部紗季子さん】元アスリートが語るスポーツの仕事「やる」から「つくる」へ-Vol.31-(前編)

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「“体操の楽しさ”を伝えていることで勝負しました」
元体操選手、岡部さんに話を聞きました


~第31回目~
岡部紗季子(おかべ・さきこ)さん/32歳
体操選手→体操教室、イベント・テレビ出演、経営者

取材・文/奥田高大
大学入学当初から考えていた『引退』
4歳のときに、母親の勧めで体操クラブに通い始めた岡部紗季子さん。2002年にナショナルチームメンバーに選出されて以来、05年にはJOC全日本ジュニア体操競技選手権大会で初のタイトルを獲得。その後、2大会連続でユニバーシアード代表に選出されるなど、多くの国際大会に出場して成績を残したものの、大学卒業と同時に選手生活にピリオドを打った。

「子どもの頃に通っていた体操クラブは、レベル別に5つぐらいのコースに分かれていて、選手コースもあるクラブでした。でも、最初から体操にのめりこんだわけではなく、当時は友だちにちょっかいをだして遊んでいて、通い始めてから1年間はずっと一番下のレベルでした(笑)」

だが、その後すぐに頭角を現し、中学2年生で全国大会優勝。名門・朝日生命体操クラブに所属し、五輪も狙える選手へと成長した。

「とにかく練習漬けで小・中・高校は修学旅行にも行けませんでしたが、寂しい、悲しいという気持ちはありませんでした。体操がとにかく好きで、練習が楽しかったんです!」

多くの大会で活躍する岡部さん。当然、周囲の期待は高まっていく。一方で、高校入学後は選手としての壁も感じはじめるようになっていた。

「中学生のときは体操がとにかく楽しくて“新しい技に挑戦して、できると嬉しくて、また新しい技に挑戦する”の繰り返し。でも体操界ではよくある話ですが、身長が伸びると子どもの頃にやっていた感覚が少しずつずれていく。私も高校生の時に、これが壁になりました。加えて、五輪という目標がでてきたこともあってプレッシャーを感じはじめていました」

その後、明治大学に通いながら選手生活を送ったものの、大学時代は『イメージ通りにできていた自分』に苦しんだ4年間だった。

「高校生のときの良かった自分を知っているので、どんどん落ちていくのが分かるんです。次第にコーチとのコミュニケーションもうまくいかなくなって…選手としては辛い記憶のほうが多い時期でした。引退を決意する引き金となったのは、大学3年生の時。それまでずっと難なく予選を通過していた大会で、予選落ちしたことがきっかけとなりました。ただ、体操界では大学卒業と同時に引退するのはわりと一般的なので、私も大学入学時点から引退するんだろうなとは思っていました」

そうして大学卒業と同時に選手生活から引退。岡部さんの自分らしいキャリアを模索する日々が始まった。
体操から離れることで
改めて気づいた想い
高校時代の岡部さん。大学卒業と同時に選手生活を引退した
引退後は、ほかの大学生と同様に就職活動にも取り組んだ岡部さん。しかし、就職は向いていないと感じ、知り合いを通じてずっと憧れだった選手にコンタクトをとり、卒業後はすぐにカナダへと向かった。

「2000年のシドニー五輪で個人・団体合わせて、3個のメダルを獲得したロシアのエカテリーナ・ロバズニュク選手がずっと好きで憧れていました。だから大学を卒業したら、カナダにいる彼女にとにかく会いに行こうって。語学学校に通いながら、彼女が教える体操クラブをボランティアで手伝って、現地で体操を教えるのに必要な資格を取得しました。私はロシアの体操がいちばん好きだったので、間近で見ることができて、すごく幸せでした」

岡部さんは半年ほどボランティアとして活動しながら、カナダでの体操指導に必要なライセンスを取得。その後、半年ほど指導者として働いたのちに帰国。帰国後は一旦、体操から離れ、約1年間、居酒屋でのアルバイトやティッシュ配りなど、さまざまなアルバイトを経験した。すると、幼い頃から夢中で続けてきた体操への思いに気づいたという。

「いろんなアルバイトをすることで“やっぱり体操が好きだなって”改めて思いました。小さい頃から競技に打ち込んでいると嫌になったり、本当に自分がその競技を好きかどうか分からないという人もいます。でも私は体操から離れることで、自分の気持ちに気づくことができました」

その思いを形にするために、今度は北海道・札幌へ。体操クラブでの選手指導のほか、一般の子どもや発達障害のある子どもたちにも指導。このときの経験が今の岡部さんに通じている。

「札幌の体操クラブでは、幼稚園の先生や専門家の先生などと一緒に発達障害の子どもに指導したのですが、そのとき指導の本質を見た気がしたんです。それまで、私の周りにいたような代表を目指す選手は、ある意味でコーチのいうことができて当たり前。でも、障害のある子どもはできないのが当たり前。1つ1つ丁寧に説明して、時間をかけて練習していく。だからこそ、できたときの感動がすごい。私も子どもも、その家族もみんなで感動して、喜びが共有できる。そういう体操の楽しさをもっと広めたいと強く思いました」

五輪や代表を目指す選手ではなく、子どもや一般の人にもっと体操の魅力を伝える。それが自分にできること、やりたいことだと分かった。

「選手の育成となると、私以外にもたくさんの指導者がいます。でも元体操選手で、たくさんの子どもに向けて“体操の楽しさ”を伝えている人ってそんなに多くない。だから、そこで勝負しようって思ったんです」(前編終わり)


(プロフィール)
岡部紗季子(おかべ・さきこ)
1988年5月生まれ、東京都出身。4歳で体操を始める。2002年ナショナルチームメンバー初選抜、明治大学では2大会連続ユニバーシアード代表に選出。得意種目はゆか。引退後は明治大学のコーチを経て、体操教室で指導を行う。現在は、株式会社W.O.Eを設立し、幼稚園や保育園に正課体育の先生として指導するほか、スタッフを派遣する事業を行う。

※データは21年1月20日時点
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