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2020年10月7日12時25分

【元プロサッカー選手 鈴木啓太さん】 元アスリートが語るスポーツの仕事「やる」から「つくる」へ -Vol.29-(前編)

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「アスリートが世の中の人に役立つビジネスをしたかった」
元プロサッカー選手、鈴木啓太さんに話を聞きました


~第29回目~
鈴木啓太(すずき・けいた)さん/39歳
プロサッカー選手→起業(AuB)

取材・文/斎藤寿子

サッカーで“選手以外” になることは
思い描けなかった
16年間、浦和レッズ一筋でプレーし、数々のタイトル獲得に貢献した元プロサッカー選手の鈴木啓太さん。加えて、日本代表として28試合に出場するなど、トッププレーヤーとして名を馳せた。

鈴木さんがサッカーを始めたのは、幼稚園のとき。きっかけは“そこにサッカーボールがあったから”。

「生まれが清水市(静岡県)だったということもあって、物心ついた時には近所のお兄ちゃん、お姉ちゃんがサッカーボールを蹴って遊んでいたんです。だから自分も仲間に入れてもらいたかったんでしょうね。母親に『僕もサッカーがしたい』といったそうです。それが3、4歳の頃。地元では、それこそ生まれた時からサッカーボールで遊んでいたなんていうことはよく聞く話なので、僕はぜんぜん早くに始めた方ではありませんでした」

サッカー以外にも、水泳や陸上、体操など、いろいろなスポーツを経験したが、常に一番は“サッカー”だった。

「スイミングスクールに通っていた時期もあったのですが、割と早くに泳げるようになって、ある程度のところまではスムーズに進級してしまったんです。でも、なぜか水泳では上のレベルでやりたいとは、思わなかったんですよね。しかし、サッカーだけは違って、常に上達したいという気持ちがありました」

その一途な思いのままに、鈴木さんはサッカー人生を歩んでいった。高校卒業後、2000年に浦和レッズに入団。シーズン1年目の天皇杯でプロデビューを果たすと、02年にはU-23日本代表に選出。06年にはJ1優勝、翌07年にはAFCチャンピオンズリーグ優勝に貢献し、2年連続でJリーグベストイレブンを受賞。09年から3年間は、レッズのキャプテンも務めた。さらに06年には日本代表に初選出され、07年にはAFCアジアカップに出場した。

しかし、14年に不整脈を患ったことが引き金となり、15年シーズンかぎりで現役を引退。惜しまれながらも、競技人生に終止符を打った。
ギャップを感じていた
浦和レッズの認知度と収益
現役時代から、引退後のことを考えていたという鈴木さんは、日本サッカー界やスポーツ界に貢献できるような仕事をしたいという気持ちがあった。もちろん指導者など直接関わる仕事にも関心はあったが、“サッカー界の課題について”考えたという。

「プロ選手としてプレーしてきたからこそ分かりますが、サッカーは、様々な可能性を秘めていると思います。ところが、経済やビジネス的観点から見た時、そのバリューは現段階で、まだ決して大きくありません」

鈴木さんが現役時代から、浦和レッズは観客動員数でトップを誇り、Jリーグ随一の人気チーム。昨年のホームゲームの1試合平均の観客数は、最多の3万4184人で、2006年から14年連続でリーグ1位となっている。チームの年間売上げは、19年度にはJリーグ史上最高営業収益となる約82億円を計上し、9年連続で黒字を確保。しかし、観客と収益のギャップに疑問を感じているという。

「80億円の収益って、企業としては決して大きくはないですよね。浦和レッズの認知度からすれば、もっと収益があっていいような気がするんです」

また、選手の引退後についても、“元プロサッカー選手”というバリューを次のキャリアに活かす道があまりに少ないことにも、課題と考えている。

「このままでは、スポーツ選手になりたいという夢を持つ子どもたちが少なくなってしまうなと…。親だって、そんな先細りするような世界に子どもを行かせたくないですよ。本来あるバリューを活かして、経済や産業に結び付くことをやっていかなければ、日本のプロスポーツは成り立たなくなります」

鈴木さんは、ビジネスの世界に身を投じることを決意。すると、時を同じくして、引退直前に出会ったのが、“便”の研究者だ。そこで耳にしたのは、“腸内フローラを科学的に調べることができる”ということ。鈴木さんは、子どもの時から“腸活”を続けており、その話に大きく魅かれた。
子どもの頃から習慣だった“腸活”
科学的根拠を求めて会社を設立
高校時代の鈴木さん。この頃には、既に腸内フローラのサプリメントを服用していた
鈴木さんの母親は調理師だったこともあり、健康管理を大事にする人。その母親から口を酸っぱくしていわれていたのが“人間にとって、腸が一番大事”ということだった。

高校生の時には、すでに腸内フローラのサプリメントを服用していた鈴木さん。今では“腸活”という言葉をよく耳にするが、当時、周りには自分以外に“腸”を意識している人は、スポーツ界においても皆無に等しかったのではないか、と語る。

「高校時代から体を見てもらっていたトレーナーの方にも、“腸は大事だよ”ということをいわれていたんです。“母親と同じことをいっている”と腸に対して意識するようになり、サプリメントも積極的に活用しました。ただ、大事だということはわかっていても、“なぜ大事なのか?”までは理解していなかったですね」

身に染みて感じたのは、プロ入りしてからのこと。特に2004年のアテネ五輪アジア最終予選では、母親の言葉のありがたさを感じた出来事があった。

ドバイ(UAE)入りしたU-23日本代表は、現地で23人中18人の選手が下痢症状を訴えた。なかには体重が一気に3、4キロもダウンする選手もおり、チームは大変な状況に陥った。ところが、鈴木さんの体調は万全だった。その時、ふとよぎったのが、“普段からの体調管理”。特に、当時は誰も注目していなかった“腸内フローラ”にも意識して取り組んできたことが良かったと感じた。

「アスリートとして、試合前に体調をきちんと整えることが、いかに大切なことなのか。そのことを痛感しました」

鈴木さんにとって“腸活”は子どものころからの習慣。とはいえ、エビデンスとなるものはなかった。だからこそ、科学的データを出せるという話には大きな興味があったのだ。

「アスリートたちの便を調べて、腸内フローラについて科学的根拠を示すことができれば、いろいろな可能性が生まれてくると思いました。事業展開ということはもちろんですが、それだけでなく、体調管理のプロでもあるアスリートのデータを、一般の方たちの健康増進に役に立てられたら、こんなに素晴らしいことはないなと思ったんです。でも、そういう会社は見当たらなかったので、じゃあ自分で会社をつくるしかないと考えました」

15年にAuBを設立。発起人の鈴木さんが、代表取締役に就任した。


(プロフィール)
鈴木啓太(すずき・けいた)
1981年7月生まれ、静岡県出身。高校卒業後、2000年に浦和レッズに入団。06年にJ1優勝、07年にはAFCチャンピオンズリーグ優勝に貢献し、2年連続でJリーグベストイレブンを受賞。06年には日本代表に初選出され、07年にはAFCアジアカップに出場。15年に現役を引退。現在は、腸内フローラに関するコンディショニングサポート事業を展開している『AuB(オーブ)』の代表取締役。19年12月には、腸内環境を整えるサプリメント『AuB BASE(オーブ ベース)』を発売。HP:AuB STORE

※データは2020年10月7日時点
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