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2019年7月16日17時57分

「イタリア・セリエAの挑戦は、最大の目標である2020年W杯出場のため」アスリートのデュアルキャリア フットサル選手 大徳政博さん(前編)

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フットサル選手、大徳政博さんに話を聞いた


2020年、リトアニアで開催されるFIFAフットサルワールドカップ(W杯)。2019年6月初めには日本代表候補合宿が福島県で行われ、本戦に向けて着々と準備が進められている。そんな中、初の代表入りを目指す選手がいる。それは、昨シーズンまでFリーグの湘南ベルマーレでプレーしていた、大徳政博さん。

彼は国内3チームに加え、フットサルの強豪国であるブラジル・パラナ州1部リーグでのプレーも経験。そして今年5月には、イタリア・セリエA2のレッジョエミリアへの移籍が発表された。現在は、同リーグのシーズンが開幕する7月末まで、アンド・フーズ・ウィズという会社で働きながら個人で選手活動を行なっている。今回は、そんな大徳さんに現在に至るまでの選手人生を振り返ってもらいながら、どのようなデュアルキャリアを実践してきたのかを伺った。

取材・文/佐藤主祥
フットサルへの競技転向で掴み取った
“プロ”への切符
幼稚園から高校生までサッカーに打ち込む日々を送っていた大徳さん。彼がフットサルと出会ったのは、大学でもサッカーを続けようか迷っていた高校3年生。コーチから“細かいタッチのドリブルが得意だから、フットサルに向いているのでは?”と勧められたことがきっかけだった。

実際にフットサルにおいて、ボールを細かいタッチで扱えるかどうかは、試合を優位に進める上で重要な要素。何故ならピッチが狭く、1対1の場面が多くできやすいため、目の前の相手との駆け引きに勝つことができれば、それだけ大きなチャンスを作り出すことが可能となるからだ。

その適性を活かすため、高校のサッカー部を引退してからフットサルを始めた大徳さん。はじめは遊び半分でプレーしていたが、何度も練習に参加していくにつれて、次第にその競技の魅力にハマっていった。

「最初は正直、フットサルを甘くみていました。でも実際にやってみたら思ったよりも頭を使うスポーツで、サッカー以上に考えることが多かった。だからプレーも全然うまくいかなくて、めちゃくちゃ悔しい思いをしたんです。それからもっと上のレベルを目指したいという気持ちが芽生えたので、フットサルの世界で生きていくことを決めました」

サッカーからの競技転向を決断した大徳さんは、府中アスレティックFC(現・立川府中アスレティックFC)に入団。すぐさま1軍メンバーとして帯同。しかし、出場機会に恵まれず、半年で2軍に降格。Fリーガーになり、1年目でいきなり壁にぶち当たることとなった。

そんな時、大徳さんに大きなチャンスが訪れる。それは、年に1回開催される『全日本フットサル選手権大会』。サッカーでいうところの天皇杯(全日本サッカー選手権大会)だ。これはプロ、アマを問わず真の日本一を決める大会のため、地域リーグのチームでも参加することが可能。

その中で、府中アスレティックFCの2軍チームのメンバーとして参加。東京都予選から勝ち進み、全国大会への進出を決めてみせた。すると、本戦でのプレーを見ていたバサジィ大分の関係者から活躍ぶりを評価され、オファーが届いた。バサジィ大分は、地元のビッグスポンサーの後ろ盾を持っているため、限りなく“プロ”に近い環境でプレーできる。そのため、大徳さんは大学を2年間休学し、同クラブへの移籍を決断した。

「Fリーグのほとんどのチームは、在籍する選手が仕事をしながらプレーしているので“プロフットサルチーム”とは呼べません。その中でバサジィ大分は、プロとして活動している選手が多く、仕事をせずにフットサルに専念できる。そんなチャンスを逃す手はないと思いました」

府中アスレティックFCでも入団後、結果を残せず2軍降格という悔しさも味わった。だがついに、プロとして活動できるステージへの切符を、自らの力で手に入れた。
ブラジルからイタリアへ
“デュアルキャリア”で進む夢への道のり
湘南ベルマーレ時代には、プレーを続けながらスポンサーであるガス会社に勤務していた
その後、2年間プロとして経験を積んだ大徳さんは、大学を卒業するため関東に近い湘南ベルマーレに移籍。

大学卒業後は、同チームでのプレーを続けながらスポンサーであるガス会社に勤務。週4日は午前中に練習し、午後は会社に出勤して住宅設備機器の販売等を行うという、選手として活動しながら仕事をする“デュアルキャリア”を体現していった。

「社員のみなさんは、本業であるフットサルに支障が出ないよう配慮してくれていましたが、やはり大変でしたね(笑)。選手活動と仕事を両立するために必死でした」

だが半年後、そのままシーズン終了後まで湘南ベルマーレでプレーを続けるかと思われたが、退団を決意。次に選択した道は、なんとフットサル強豪国・ブラジルへの挑戦だった。

「僕はいずれ、ブラジルに行こうと決めていたんです。というのも、18歳の時に1カ月、ブラジルにフットサル留学をしたことがあったんです。競技を学ぶために練習生としてあるチームに帯同したのですが、一緒にプレーした時、とてつもない“世界との差”を体感しました。

僕は当時から、フットサルをやるなら『W杯に出て世界に勝つ』ことを目標に掲げようと決めていて。でも実際にブラジルの選手の“凄さ”を感じた時、国内でプレーするだけでは世界には勝てないんじゃないかと思ったんです。

もちろんFリーグは年々レベルが上がっていますが、もっと上に行くためには海外リーグにもチャレンジしていかないと、W杯で勝つのは厳しい。だからFリーガーとしてある程度の経験を積んだらブラジルに行こうと決めていました」

湘南ベルマーレを退団し、2017年10月から2カ月間、トライアウトを受けるために渡伯した大徳さん。ブラジル・パラナ州1部リーグのアイモレフットサル・マテランジアにテスト入団し、半年間トップレベルの選手と共にプレーした。しかし、ビザの問題で、たった半年で日本への帰国を余儀なくされる。

「僕のようにブラジル国内でフットサル選手として報酬を得るには、向こうで就労ビザを取得する必要があるんです。そうしないと長期滞在することができないので。だから現地の警察に申請したんです。

すると、“3カ月に1回ブラジルを出て、戻ってきてハンコを貰えばまた3カ月いられるよ”といわれたので、実際に3カ月に1度、アルゼンチンに旅行に行きました。でも、2度目の旅行から帰ってきたとき、警察から“明後日までに日本に帰らないと不法滞在になっちゃうよ”って(笑)。

本来なら6カ月以内に査証(ビザ)申請がない場合、就労許可は自動的に取り消されてしまうのですが、それに気づいたのが期限2日前…。日本に帰国せざるを得なくなったというわけです」

帰国後は、以前まで在籍していた湘南ベルマーレと再契約し、残りの2018/19シーズンをFリーグでプレー。ブラジルで得た経験を“古巣”のチームメイトへと伝えていった。

そして2019/20シーズン直前、大徳さんは“ある決断”をする。同チームからの契約更新の話はもちろん、前年に在籍していたいブラジルチームからも再び誘いがあった。だが、いずれも断り、選択したのは、代理人を通じてオファーがあったというイタリア・セリエA2所属のレッジョエミリアへの移籍だった。

「ブラジルへの想いも強かったですが、日本代表の関係者から“絶対的な選手じゃない限りは、ブラジルのリーグに在籍している選手を呼ぶことはない。それなら国内の選手を招集する”という話を聞きました。2020年のW杯は欧州で開催されることもあり、代表の合宿やテストマッチも欧州で行われる可能性が高いと予想しています。それだったらレベルも高くて、なおかつ自分を必要としてくれるイタリアのチームに移籍することを決意しました」

さらにデュアルキャリアを体現するべく、大徳さんは今年の4月から、最高級A5ランク黒毛和牛を贅沢に詰め込んだ“もとむのカレーパン”を運営するアンド・フーズ・ウィズに入社。関連会社で働いていた姉からの紹介もあり、7月から始まるイタリアリーグへの移籍までの間、選手として個人で活動しながら社員として仕事をすることになった。

「入社の理由は、会社として持っている“想い”に共感したからです。様々な地域のみなさまと一緒に新しい“モノづくり”をしていこうというチャレンジ精神や、食を通じて地域貢献をしていきたいという事業方針。いずれも僕がフットサル選手として掲げている、つねに新しいことに挑戦する姿勢と、選手活動を通じて地域に貢献したいという気持ちにマッチしている。だからこそ、『この会社のために働きたい』と感じ、お世話になりました」

最大の目標である2020年のフットサルW杯出場に向け、イタリアへの移籍と、社員での仕事という“2つの挑戦”を行う大徳さん。渡伊までの約3カ月間、新たなデュアルキャリアを実践しながら、夢の実現へと歩みを進めている。(前半終わり)


(プロフィール)
大徳政博(だいとく・まさひろ)さん
1992年1月生まれ、千葉県出身。高校を卒業後、府中アスレティックFC(現立川・府中アスレティックFC)でフットサル選手のキャリアをスタート。大学に進学するも休学し、バサジィ大分に入団。その後、湘南ベルマーレ、ブラジル・パラナ州1部リーグのアイモレフットサル・マテランジアでプレー。2019年4月にアンド・フーズ・ウィズに入社。7月からはイタリア・セリエA2レッジョエミリアでプレーをすることが決まっている。

※データは2019年7月16日時点
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