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2019年3月5日15時18分

元アスリートが語るスポーツの仕事「やる」から「つくる」へ-Vol.17-元女子ラグビー選手 大島千佳さん(後編)

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「“逆算”と“世間から離れない”ことを心掛けてほしい」
元女子ラグビー選手、大島千佳さんに話を聞いた


~第17回目~
大島千佳(おおしま・ちか)さん/33歳
女子ラグビー選手→アスリートプランニング

大島千佳さん記事前編

取材・文/グラウンド・グラフィックス

ラグビー引退のきっかけは
“仕事がしたい”
中京大学を卒業後、大手電機メーカーに就職。社会人として、仕事をバリバリこなしている時に、テレビで偶然『女子ラグビー日本代表トライアウト』の放送を見たことがきっかけとなり、日本代表選手となった大島千佳さん。2013年には、ミキハウスとプロ契約を交わし、プロの女子ラグビー選手として活動を始めた。

2016年5月には、追手門大学VENUSから、三重県初の女子ラグビーチーム『Mie Women's Rugby Football Club PEARLS(以下、パールズ)』に移籍。啓光学園(大阪)の元監督で、高校ラグビー界の名将として知られた記虎敏和ヘッドコーチに指導を仰ぐ形となった。

ラグビーは楽しかった。しかし、年齢も30歳を迎えた中で、このままいつまで続けていくべきなのだろうかという迷いがよぎっていた。

「パールズに所属した当時から、1年で引退する予定でした。もちろん良い環境でラグビーをさせてもらっている。でも『仕事がしたい』という気持ちも強くありました」

彼女はそれを実行し、約1年後の2017年11月19日に引退。しかし、その6日前に行われた、女子7人制ラグビー日本一を決める太陽生命セブンズの大会で、日本体育大学を22‐12で破り、見事初優勝。最高の形で現役生活を終えたのだ。

「最高に幸せでしたね。なんといってもチームの目標を日本一に掲げて、それを実行できたので。私もですが、チーム全員が死に物狂いで練習をしましたから、本当に嬉しかったです」
“人生の岐路”となる
就職支援の会社に入社
現在は、体育会学生の採用支援企業アスリートプランニングで働いている
2017年11月にユニフォームを脱いだ大島さん。『仕事がしたい』という次なる挑戦を決め歩みだしたが、実際、転職活動は順調だったのだろうか。

「引退後、もぬけの殻には絶対ならない!と思っていたけど…なりましたね(笑)。ラグビーを辞めて、目標がなくなってしまったという気持ちでした。大手企業に就職をしたいと思っていたんですが、どのような仕事がやりたいのか見つけられなくて。“自分は本当に何をやりたいんだろう?”って悩みました。でもじっくり考えた結果やっぱり『スポーツ』に関わりたいと強く感じ、選んだのが、体育会学生の採用支援企業アスリートプランニングでした。

アスリートプランニングには、スポーツ選手のセカンドキャリアや女子学生に特化したキャリアの部署がありましたし、スポーツ選手だけでなくいろいろな人たちのキャリア全般に関わる事が出来ると思いました。就職って人生の“ターニングポイント”。その大事な転機に私が関わることによって、その人達が幸せになれたら、これ以上のことはないんじゃないかなって。そして、決定打は面接をした時の社長の印象ですかね(笑)。素敵な人と事業内容で、ここでチャレンジしようと思いました。不安もありましたが、ここだと思ったので自分を信じて決めました」

自身の新たな道として就職支援事業を選び、2018年8月に入社。具体的な仕事内容や常日頃どんなことに注意をしながら業務にあたっているのだろうか。

「現在は、学生支援課で体育会学生の支援をしていて、学生が納得して就職活動を終えられる為のサポートをしています。大学に行き、会社説明や就職活動の話をする中で、アスリートプランニングを活用したいと思ってもらえるような学生を増やしていく業務が主です。登録者の目標数はありますが、やはり学生とどれだけ信頼関係を築けるのかということを大切にしています。私は、体育会系の学生がとても好きですし、その子たちのためにより良い支援をしたいと思っているので、私の仕事面・競技面からの経験をしっかりと話します。

例えば、アスリートは、好きなことはとことん頑張れるのに、嫌いなことになるとやる気を失くしてしまう、その“差”が激しいんです。でもそれは絶対にダメで、学生にはどんなに時間がかかっても、とにかく自分の“やりたい事”を見つけるために、ただひたすらに全力で挑戦してほしいと伝えています。それは、恩師である記虎さんから学んだラグビー精神というか人間の柱みたいなものが凄く役に立っています。当時『自分で考えろ』『全力を出しきれ』とよくいわれていました。それを就職という“人生の岐路”に役立たせたいんです」

最後にセカンドキャリアに向けて、現役時代にしておくべきことのアドバイスをもらった。

「常に先のことを“逆算”して考えることが大切です。企業の人たちは、過去の現役時代の成績などには、そこまで興味がないと思います。だからこそ、引退した後に自分の価値を上げておく必要性があります。そうしないと自分が“したい事”ができる希望の会社を選択できないんです。例えば、プロ野球選手が、現役時代と同等の給与を求めるなら、その価値を自分自身で作らないといけない。そこの重要性を認識して、現役の時から引退後のことを考えておくことを知ってほしいです。自己プランニングが大切ですね。

加えて『世間から離れないこと』を心掛けてほしいです。スポーツばかりしていると、選手やチームと関わる事が多くなりがちです。本や雑誌、漫画を読んだり、英語を勉強したり、ニュースを見たり、世間の常識・知識を取り入れるように私もしていました。あとは積極的に他分野の仕事をしている人とご飯に行って“最近仕事どう?おもしろい?”って色々な話をします。それが、すごく刺激になります」

“体育会の学生はもちろん、スポーツ選手が幸せになれる世の中にしたいんです!”と、今後の大きな目標も話してくれた大島さん。現在『スポーツ選手の価値を高める仕事とは何か?』を考えながら、自身の人間力を磨き、さらなるキャリアアップを目指している。

プロスポーツ選手として、就職も経験するという異色の経歴でスポーツを続けてきた彼女だからこそ、その言葉には重みと説得力が感じられた。


(プロフィール)
大島千佳(おおしま・ちか)
1985年生まれ、大阪府出身。中学から大学までハンドボールの選手として活躍。中京大学を卒業と同時にハンドボールを辞め、東芝に就職。会社に入社し3年がたったころに、ラグビーのトライアウトを知り、日本代表になれる可能があるということで挑戦し、合格。約1年半で15人制、7人制共に日本代表入り。2017年11月に、三重女子ラグビーチームPEARLS(パールズ)で現役を引退。現在は、アスリートプランニングで体育会大学生の就職支援を行う。

※データは2019年3月5日時点

※スポーツ庁委託事業「スポーツキャリアサポート戦略における{アスリートと企業等とのマッチング支援}」の取材にご協力いただきました。
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