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2019年2月25日12時06分

元アスリートが語るスポーツの仕事「やる」から「つくる」へ-Vol.16-元プロ野球選手 生山裕人さん(後編)

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「現役時代に選択肢を増やすことが重要です」
元プロ野球選手、生山裕人さんに話を聞いた


~第16回目~
生山裕人(いくやま・ひろと)さん/33歳
プロ野球選手→四国アイランドリーグplusキャリアデザインセンター代表

取材・文/太田弘樹

生山さん記事前編
野球を辞めた次のステージは
“ウェディングプランナー”
2008年から2012年までの4年間、千葉ロッテマリーンズの選手としてプレーしていた生山さん。引退後のキャリアとして選んだのは『ウェディングプランナー』だった。

「ロッテ時代のコーチに、その会社を紹介されて、最初は軽い気持ちで面接に向かいましたね。しかし、社長や役員の方から“アスリートのキャリアを応援したい”というポジティブな言葉をもらい背中を押されました。また、結婚式という華やかな舞台で仕事することは幸せなことかもと考え、決断しました」

2013年1月に就職。戦力外通告を受けてから1カ月たらずで、次の道に進むことになった。とはいえ、ビジネススキルはなくパソコンも初心者。生活は一変していく。

「何もかもが始めてで、最初は本当にしんどかったですね。社長や役員の方からのポジティブな意見をもらっていましたが、実際に同僚になる人たちの反応は、決してウェルカムといった感じではなかったです。 でもその通りですよね。27歳で、ビジネス経験ゼロ、極めつけは、結婚式に1度も出たことがなかったんですから(笑)。みなさんは、その職業に憧れて、専門学校などにいき就職をしたわけです。安易なイメージを持ち入社されたら、不満は抱えますよ」

そのような立場ながらも真摯に仕事に向き合い、必死で仕事に慣れ、同僚に追いつこうと働いた。

最初の所属先となったのが、営業部。ここでは、結婚式を考えているカップルに、予算や見積もりを出し、実際に一緒に会場に同行し結婚式を決めてもらう仕事をしていた。やはり、1年目は中々成約が取れず苦戦。しかし、何かを変えなくてはいけないと思って始めたのが“蝶ネクタイ”だった。

「自分をアピールするためには、何か人と違うことをしないといけない。それは、野球人生でもそうでした。自分は足が速かった。だからこそ“足”で勝負しました。だから、仕事でもアピールポイントを何かつけるために“蝶ネクタイ”をつけて仕事に行くようになったんです。そうしたら、あの“蝶ネクタイの人”と顔を覚えてもらえるようになったんです。

一度、お客さんで新郎が蝶ネクタイをつけてきた人がいて、そうしたら、“あっ!”ってなり、そこでコミュニケーションがスムーズに取れて、契約が成立したことがありましたね。一生に一度の結婚式、訪れるカップルに対してプレッシャーを感じていましたが、少しずつ自信もでてきて、成約も取れるようになりました」

2年半営業部に所属した後、ドレス事業部に異動。中古のウェディングドレスを百貨店のイベントスペースで販売するなどの仕事に従事。慣れない中で3年を終え、ある程度のことはこなせるようになってきた。そんなとき、“このままで本当に良いのだろうか?”という疑問がふと頭の中をよぎり、“もう一度スポーツに携わりたい”と考えるようになった。

「自分が精神的な弱さもあり、NPBで活躍できなかった。また、能力はあるのに精神的な弱さで潰れてしまう選手をたくさん見てきました。そんな選手たちを救えるのは“スポーツ心理学”ではないかと考え、学んでみたいという想いが強くなり、退社を決意しました」
選手に向けた
キャリアサポートを開始
スポーツ心理学を学ぶため、海外行きの準備をしていた生山さんだったが、予期せぬ出来事が起きてしまう。それは、父の癌。回復をめざして闘病生活を送っていたが、数カ月後に逝去。あまりに突然だったが、父が会社を経営しており、それを維持するため働くことに。米国行きは白紙となってしまった。

しかし、その中でも“スポーツで何かできないか”と模索し、様々な人と会う中で『アスリートのキャリア』について、問題があるということを知った。

「元アスリートを雇用したい企業は多くありますが、その後のトラブルも多くあるということを聞きました。企業のトップの人たちの“アスリートを支援したい”という考えと、実際に働いて同僚になる人との温度差は感じていたので、とても理解できました。やはり“入社して終わり”になってしまいがちで、採用したはいいが、アスリートをどのように活かせていけるのかで悩んでいる企業が多くあることを知ったんです。また、選手からしても全く知識がないまま就職してしまうことで、自信をなくし、早期に退職してしまう姿も目にしていました。

私も就職が一番の岐路でした。自分の意志で仕事を決めましたが、その決断はあまりにも早く、何も判断材料が無い中でした。一社だけではなく、もう少し色々な企業に話を聞き、将来何をしたいのかきちんと考えることが必要だったと思ったんですよね。実際にウェディングプランナーで働いたことに後悔はしていませんが、選択肢を増やして“本当にこの仕事をしたい”と決断できる材料は持つべきでした」

自身の経験や企業の声を聞く中で、引退する選手たちのサポートをし、なおかつ企業の要望を聞くことができれば、入社後も乖離なく、長く働くことができるのではないかと考えた。そして、プロ野球選手としてスタートを切った四国アイランドリーグに相談。リーグ側もキャリア問題を真剣に取り組んでいきたい意向があり、約2年の歳月をかけ、2018年4月に『四国アイランドリーグplusキャリアデザインセンター』を設立。生山さんは、その代表として、日々奮闘している。
2018年8月に行われたアスリートキャリアコンベンションで、四国アイランドリーグplusキャリアデザインセンターの事業説明を行った生山さん
仕事内容は、引退後の選手の相談が多くを占めている。引退する選手にこまめに連絡を取りながら“どのような事で悩んでいるのか”“どのようなキャリアを築いていきたいのか”を話しながら、選手にとって最適なキャリアをアドバイスしていく。加えて、企業側の要望やどのような人材を希望しているのかなど、賛同してくれている企業とのコミュニケーションも行う。

「ただ難しい点もたくさんあります。やはり“人”なので、日々気持ちも変化していきますし、選手の要望もあります。そして、企業側としてもよい人材を採用したいという思いがあるので、そこをどう繋げられるかですね。

ただ、就職することが全てではないので、留学や大学院など学び直しも考える必要もあります。本当にその選手のために最良なアドバイスができているのか。そのようなことを葛藤しながら、自身も手探りで、行っている状態です」

今後は、キャリアに関する国家資格などを取得する予定で、生山さん自身もスキルアップを目指していく。さらに将来は、現役の選手たちが四国アイランドリーグplusのOBを訪問できるような形を作っていくなど、ファーストキャリアである現役時代から、どのような取り組みができるかを、選手やリーグ、球団と一緒に考えていく。

最後に、現役時代にセカンドキャリア向けて何をしておいたほうがいいのか。アドバイスを聞いた。

「スポーツ界ってとても閉鎖的です。そのスポーツごとに集団ができますし、その中でしか活動しないんです。やはり、現役中に色々な人と会うことが大切だと思います。多くの人に会えれば、様々な選択肢や思想も広がりますし、引退後に焦って何かを決めるということにもなりません。

あとは、引退時期も大切です。どこで辞めるのかをきちんと見極められるのか。もし、戦力外通告を受けても別の場所で野球を続けたいのであれば、どういった理由で続けたいのかを明確にするべきです。例えば、将来、監督やコーチになりたいという希望があれば、現役を続けながら学ぶというのがいいと思います。しかし、そうでなければ、ただの自己満足にしかならない可能性があります。“今辞めるのはもったいない”というファンや周りからの声もあるかもしれません。けれども、自身の人生なので、最終的には流されないことが大切です。現役時代から選択肢を増やし、次のステップに対して考えていける力を持つことが理想ですね」

(プロフィール)
生山裕人(いくやま・ひろと)
1985年生まれ、大阪府出身。大阪府立天王寺高校卒業後、一浪し近畿大学文芸学部芸術学科演劇芸能専攻演技コースに進学。二部の準硬式野球部、八尾ベースボールクラブを経て、21歳のときに独立リーグの四国アイランドリーグのテストに合格。大学を休学して香川オリーブガイナーズへ入団。2年の在籍期間を経て、2008年の育成ドラフト4巡目指名で千葉ロッテマリーンズへ入団。4年間在籍したが、支配下登録されることはなく、12年のシーズン終了後に戦力外通告をうける。ウェディングプランナーを経て、現在は四国アイランドリーグplusキャリアデザインセンターの代表として従事。

※データは2019年2月25日時点

※スポーツ庁委託事業「スポーツキャリアサポート戦略における{アスリートと企業等とのマッチング支援}」の取材にご協力いただきました。
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