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2018年10月23日12時59分

「最も刺激を受けたのは“競技をする立場ではない人たち”が情熱を持ってスポーツに関わろうとしている姿勢でした」アスリートのデュアルキャリア ビーチバレー選手 草野歩さん(後編)

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ビーチバレーボール選手の草野歩さんにデュアルキャリアについて話を聞いた
ビーチバレーボールの日本人トッププレーヤーとして活躍する草野歩さん。現役を続けながら、日本体育大学大学院でコーチング学を専攻する学生でもある。2020年東京五輪出場を目標とする中、アスリートと学生との“二足のわらじ”の生活を送る草野さん。近年、日本スポーツ界でも推奨されている「デュアルキャリア」を実践する理由を聞いた。

取材・文/斎藤寿子

草野さんの記事前編
大学院進学後に広がった世界と知識
現在、大学院3年目を迎えている草野さん。昨年度修士課程を終え、博士課程の1年目に入った。果たして、大学院進学によって、何を得ることができたのか。

「一番大きかったのは、人生に対する考え方が変わりました。私はずっと競技中心の生活を送ってきたので、これまでは“競技こそが私の人生”と思い込んでいました。だから朝起きて夜寝るまで、常に競技中心でなければいけないし、そうしなければ五輪に行けないと思っていました。練習以外のこともすべてが競技につながると信じ切っていたんです。でも、今は違います。競技は、私という人間の人生の中のほんの一部であって“全てではない”ということが分かったんです。それが一番の変化で、私に足りなかったものだったと思います」

何か大きなきっかけがあったわけではなかった。大学院進学後、それまで知り合うことのなかった、自分とはまったく異なる世界にいる人たちと交わる中で、少しずつ『あぁ、自分にないものは、こういうことなのかな』と感じるようになったのだという。

「最も刺激を受けたのは“競技をする立場ではない人たち”でした。例えば、コーチング学を専攻しているので、指導者を目指す若い人たちと一緒に勉強しているのですが、選手ではないけれど情熱を持って競技に関わろうとしているんです。一生懸命学ぼうとする姿を見て『あぁ、そっかぁ。競技をするというのは選手だけでやっているんじゃないんだな』と当たり前のことに気付かされました。そのことで、すごく周りが見れるようになりましたし、人生観が変わりました」
小学5年生からバレーボールを始めた草野さんは、それからずっと“勝つこと”を目標に、競技中心の生活を送ってきた。当然、周りも同じような人たちばかり。どれだけ広い世界が外にあるかを知らなかったのだ。そんな中、大学院で立場も意見もさまざまな人たちとの出会いが、世界を一気に広げた。

“競技は人生のたった一部でしかない”と気づき、それまで最も重視していた『結果』に必要以上に執着しなくなった。

「五輪を目指してからは、結果が全てでした。ところが、そうなると、どれだけ試合に勝っても、嬉しいとか楽しいとか、充実感を得られなかったんです。もっと上にいかなければいけないと、常に追い詰められた感じで…今思えば、そのころの私はいつもギスギスしていたと思います。だから人間関係を築くのもあまりうまくなくて、競技に対する考え方が少しでも自分と違うと距離を置いたりしました。そんなふうだったから、五輪出場を逃した時に、プツンと気持ちがキレてしまったんだと思います」

今、草野さんは2020年東京五輪を目指している。しかし、それは人生の目標ではなく、あくまで『人生の中の一つの目標』になっている。そう考えられているからこそ、競技に対する気持ちが安定し、充実した生活を送っている。
デュアルキャリアから”トリプルキャリア”へ
社会人としての成長も求めパソナに入社
大学院で学んだことが、現役生活に活かされているという草野さん。年間計画を立てPDCAサイクルを実践している
変化したのは概念ばかりではない。実際の競技生活も大きく変わった。これまでは、とにかくがむしゃらに練習することを良しとしてきた草野さんだが、今は『目標設定』をし、その目標到達までの『プロセスづくり』をするというふうに、効率化を考えて行動している。

また、試合においても『常に勝ち続ける』という考えをやめ、年間計画を立てて、調子を上げる時期と、落としてもいいという時期を明確にすることで、心身ともに疲弊しないようにコントロール。その中で、PDCAサイクルを実践している。

「大きな目標だけでなく、まずは小さな目標を立てています。それを達成できたら、自分をほめる。そういうふうにしていくと、練習が楽しいと感じるようになりました。実際、大学院の勉強もある中で、競技成績は落ちなかったんです。改めて、練習は“量”ではなく“質”なんだなと。それはやり方もそうだし、気持ちの部分も大きかったと思います」

その中で最も苦労したのは、大学院1年目。
練習時間が減少してしまうことに大きな葛藤があった。

「やはり、勉強に力を入れなければいけない時期は、練習する時間が激減するんです。そうすると、体を動かさないこと自体、慣れていなかったので『これで本当にいいのかな?』とか思うし、練習したくなるんですよね(笑)。でもそこを我慢して、きっとこの勉強が競技力向上につながるし、今の自分には必要なことだと言い聞かせて、気持ちを切り替えるようにしました。

大学院でも私と同じように競技者の立場である人たちは、やはり同様の考え方でしたし、競技は違っても共感できる部分がたくさんありました。もし、何か新しいことを始めたいと感じている人には、一つの選択肢として大学院は“アリ”だと思います」
2017年10月に、総合人材サービス会社のパソナへ入社。スポーツメイト事業にて、講演やセカンドキャリア、デュアルキャリアへのアドバイザリーなどを行っている
特に草野さんが勧めたいと思っているのは、ビーチバレーボールと同様に、未だ日本国内ではマイナーである競技の選手たちだという。

「私のようなデュアルキャリアが、全ての選手にいいとは限りません。ただ、マイナー競技の選手は、デュアルキャリアによって社会的地位・価値を高めることができるんじゃないかなって。また、全く違う世界に顔を出していくことで、その競技を多くの人に知ってもらうことでき、競技の価値を高めてくれる“輪”が広がっていくと思うんです。私自身がそうしていきたいと考えていますし、そうしていきたいですね」

さらに昨年10月には、総合人材サービス会社のパソナに入社。スポーツメイト事業にて、講演やアスリートのセカンドキャリア、デュアルキャリアへのアドバイザリーなども行っている。

「社会人として働く機会を与えてもらったことに、とても感謝しています。競技、大学院での経験に加え、社会人としてさらに多くの方と接することは、自分自身のさらなる成長に繋がっていくと感じています」

デュアルキャリアを越え、“トリプルキャリア”を実現しつつある草野さん。アスリートとしてはもちろん、ビーチバレーボール界の将来を担う人物になっていくはずだ。
(プロフィール)
草野歩(くさの・あゆみ)さん
1985年6月22日生まれ、東京都出身。高校生の時にバレーボールの全国大会に出場して優勝。日本代表としてバレーボールの世界大会に参戦。大学卒業と同時にビーチバレーボールへ転向。2年目で日本一に輝き、数々の大会で優勝を収める。2014~2016年強化指定選手。東京五輪出場に向け、競技力向上を目的に、2016年日本体育大学大学院に進学。デュアルキャリアを実践するアスリートのロールモデルを目指す。HP:草野歩オフィシャルサイト

※データは2018年10月23日時点
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