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2018年10月16日16時57分

「自分に足りないものが見つかるかもしれないと思い大学院に進学を決めました」アスリートのデュアルキャリア ビーチバレーボール選手 草野歩さん(前編)

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ビーチバレーボール選手の草野歩さんに話を聞いた
ビーチバレーボールの日本人トッププレーヤーとして活躍する草野歩さん。現役を続けながら、日本体育大学大学院でコーチング学を専攻する学生でもある。2020年東京五輪出場を目標とする中、アスリートと学生との“二足のわらじ”の生活を送る草野さん。近年、日本スポーツ界でも推奨されている「デュアルキャリア」を実践する理由を聞いた。

取材・文/斎藤寿子
日本の厳しい現実に募らせた五輪への思い
もともとバレーボールの選手だった草野さんが、ビーチバレーボールに初めて触れたのは、高校3年生の時。当時、バレーボール強豪校・共栄学園高校の主力としてプレーしていたが、3年生の時はインターハイに出場することができず、夏を前に早々とバレーボール部を引退せざるを得なかった。そんな草野さんに、顧問の先生がビーチバレーボールの大会出場を勧め、その大会で見事に優勝してしまったのだ。

「私が高校の頃は、ビーチバレーは今よりもっとマイナーで、私自身一度も見たことがなく『え?どうやってやるの?』という感じでした。わけがわからないまま大会に出たのですが、だからこそとても新鮮に思えました。しかも優勝してしまったので、調子に乗って『あぁ、ビーチバレーって楽しいな』と(笑)」

しかし、当時すでにバレーボールでの大学進学が決まっていたため、大学4年間はバレーボール中心の活動だったが、それでも時折、ビーチバレーボールの大会にも自ら希望をして出場。バレーボール、ビーチバレーボールともにユニバーシアードの代表にも選ばれ、4年時にはバレーボール部の主将を務めた。いわゆる“二刀流”の充実した生活を送ることができたのは、バレーボール部の顧問やチームメイトが理解を示し、応援してくれたおかげだったという。

大学を卒業した2008年、草野さんはビーチバレーボールの選手へと、本格的に転向した。とはいえ、そのころは特に五輪を目標にしていたわけではなく『楽しいから』というのが理由だった。
初めて出場したビーチバレーボールの大会で見事優勝。それがきっかけとなり、本格的に競技を始めるようになった
五輪への思いが芽生えたのは、それから4年後のこと。2012年ロンドン五輪で日本の女子が出場権を逃した厳しい現実を目の当たりにしたことがきっかけだった。

「当時、国内では優勝するようになっていて、日本ランキングも上位にいました。でも、資金不足でワールドツアーを回ることができず、世界ランキングのポイントを持っていなかったこともあって、代表に入ることができずにいたんです。そんな中、日本女子が五輪に行けないとなった時に、国内で上位にいる自分が五輪に行けるように強くならなくてはと思ったんです」

それまでアルバイト生活をしながら、国内大会に出場するだけにとどまっていたが、一念発起してアルバイトをやめ、競技に専念するようにした。しかし、スポンサー探しは予想以上に難航し、大会で得る賞金だけでなんとかやりくりする生活が2年間続いた。ビーチバレーボールがマイナー競技だったこともあったが、何よりも草野さん自身にスポンサー探しのノウハウがなかったことが大きかった。

「強くなるには、とにかく練習をすることが一番だという発想しかできなかったんです。今ならそれだけではアスリートとしてやっていけないということはわかるのですが、その時は何をどうしなければいけないのか、その知識が不足していました」

2年後の2014年、ミキハウスの所属アスリートとなったが、それは『幸運でしかなかった」』という。大学を卒業して7年、草野さんはついに本格的なアスリート生活をスタートさせ、五輪を目指し始めた。
30歳で一念発起。デュアルキャリアの道へ
競技を続けながら、大学院進学を決めた草野さん
しかし、2016年リオデジャネイロ五輪では、ロンドン以上の厳しい結果となった。日本は男女ともに出場権を逃したのだ。目標を達成することができなかった草野さんは、ミキハウスとの契約も終了し、引退を考えていた。そこには複雑な感情があった。

「当時、代表のコーチと意見が合わず、あまりうまくいっていなかったんです。そういう人間関係もあって、国内ではランキングも上位だったのに、選考レースの渦中にあった2015年9月に代表から落とされてしまいました。今では、私が未熟だったと反省しているんですが、やはり当時は、実力とは違うところで落とされたことがショックで、なんだかもうすべてが嫌になってしまったんです」

そんな彼女に救いの手をさしのべてくれたのが、大学の先輩だった。状況も気持ちも理解して勧めてくれのが“大学院への進学”だった。

「日体大の大学院には、コーチング学という専攻がある。そういうのを自分で勉強してみるのも一つだよ」

そんな先輩のアドバイスに『なるほど』と思った。

「頑張って結果も出ているのに、さまざまな問題が起こって、スムーズに競技活動がいかないのは、私にも何かが不足しているからなのかもしれないなぁという思いもあったんですね。

正直、やっぱりできれば競技を続けたかった。だから、先輩から大学院を勧められて『もしかしたら自分が足りないものが見つかるかもしれない。とにかくやってみよう』と決めました」

それから約3カ月間、大学院の受験勉強に力を注いだ。試験内容は小論文と面接で、見事合格。2016年4月、30歳で大学院に進学。競技と学生との“二足のわらじ”の生活がスタート。日本のビーチバレーボール界では、現役選手の大学院進学は男女合わせて初のケースとなった。(前編終わり)

草野さんの記事後編
(プロフィール)
草野歩(くさの・あゆみ)さん
1985年6月22日生まれ、東京都出身。高校生の時にバレーボールの全国大会に出場して優勝。日本代表としてバレーボールの世界大会に参戦。大学卒業と同時にビーチバレーボールへ転向。2年目で日本一に輝き、数々の大会で優勝を収める。2014~2016年強化指定選手。東京五輪出場に向け、競技力向上を目的に、2016年日本体育大学大学院に進学。デュアルキャリアを実践するアスリートのロールモデルを目指す。HP:草野歩オフィシャルサイト

※データは2018年10月16日時点
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