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2017年7月11日16時25分

元アスリートが語る スポーツの仕事「やる」から「つくる」へ- Vol.10–元ボクシング選手 木村悠さん~後編~

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挫折は、自分を変えるきっかけ
32歳で第35代WBC世界ライトフライ級チャンピオンになった木村さん。喜びを爆発させた
~第10回目~
木村悠(きむら・ゆう)さん / 33歳
ボクシング選手→会社員(「FiNC」ヘルスケアソリューション兼アスリートサポート室長)

木村悠さんのセカンドキャリア記事前編
計画的に生活することで、会社員とプロボクサーという2つの自分を両立させる道を歩み始めた木村さん。しかし約2年間、試合のリングに立つことはなかった。

「もちろん試合はしたかったですよ。でもジムがなかなかマッチメイクしてくれなかった。やはり、負け方がひどかったし、それまでずっと甘い気持ちで試合に出ていたということなんでしょうね。ボクシングは危険を伴うスポーツですから『本当のプロフェッショナルしかリングに上げない』っていうのが、ジムの考えなんです」

ボクサーにとって、2年は大きなブランク。しかも24、5歳という年齢はアスリートとして、脂の載っている時期だ。

「その時がいちばんキツかったですね。どうしたらジムが認めてくれるのか判らない。周りを見れば、同期の選手たちがバンバン試合をして、やれ日本チャンピオンだ、あと一歩で世界王者だ、っていう活躍をしている。自分だけ時が止まっていて、ずーっと練習をしている毎日でした。『なんで俺だけが』『誰が悪いんだ?』って、ずっと他人のせいにしていました。でも、あるとき、そうやって人と比べていることが一番つらいということに気づきました。自分自身はボクシングが好きだし、練習もすごく好きだったので、ある時から“自分のやるべきことだけに集中する”と決めたんです。本当に『強くなろう』っていう意識を持って、練習への取り組みを変えました。それからジムでも認められるようになって、ようやく2010年3月に試合を組んでもらえたんです」

それから5年後の2015年。木村さんは初の世界タイトルマッチに挑み、勝利。32歳で第35代WBC世界ライトフライ級チャンピオンとなる。しかし、4カ月後の初防衛戦に敗れ、そのままプロボクサーからの引退を決めた。

「初防衛って、実はいちばん失敗率が高いんです。ずっと追いかけていた世界チャンピオンになったとたん、すべてが変わっちゃうんですね。その先を思い描ける選手しか勝っていくことができないんです。正直、チャンピオンになった時が自分にとってのピークで、防衛戦の時にはもう、試合が怖くなっていた。何のために戦うのかが、もう考えられないと判って『自分のボクシングのステージは、これがゴールなんだな』と思いました」
スマホを使ったヘルスケアサービス会社に就職
多くの社員の前で、アスリートサポート室の説明をしている木村さん
引退後は、しばらくそれまで勤めていた会社に在籍していたが、8カ月後に退社。現在は、スマートフォンを使ったヘルスケアサービスを展開している会社で、新しい仕事を始めたところだ。

「現役時代に、サービスのモニターとして、現在の会社と仕事をしたことがあって、それがきっかけです。これから、アスリートのサポート事業を中心にやっていきたいと思っています。現役アスリートには収入、身体のケア、引退後に向けた教育、他競技とのネットワークという4つの面でのサポート。同時に、引退したアスリートのセカンドキャリアもサポートしていきたいと考えています。こうした仕事は、個人でやるよりも大きなチームでやった方が、たくさんの人に喜んでもらえると思うんです」

スマートフォンというツールを舞台にした新しい挑戦へと乗り出した木村さん。実は「商社マンボクサー」だった時代も、スマホがとても役に立ったという。

「やっぱり仕事って、想定外のこともたくさん起こるんです。たまにあるのが、納品ミスとか注文ミスです。そういう連絡はだいたい、ちょうどジムに行こうかっていう時にかかってくるんですね(笑)。そういう時のために会社のデータをクラウド上で管理しておけば、どこに居ても情報にアクセスできますよね。そうすれば状況が把握できるし、お客様に連絡ができてメールも受けられる。場所と時間を選ばずに仕事ができるんです。スマホがなかったら、きっと仕事とボクサーの両立はできませんでした。本当に時代に助けられたな、と思っています」
(プロフィール)
木村 悠 / 1983年11月23日生まれ、千葉県千葉市出身。2006年帝拳ボクシングジムよりプロデビュー。15年にWBC世界ライトフライ級のチャンピオンになり、商社に勤めながら世界王者になった「商社マンボクサー」としても話題に。16年4月に引退後、17年2月からFiNCヘルスケアソリューション兼アスリートサポート室長として勤務している。

※データは2017年6月30日時点
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