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2017年7月5日15時36分

元アスリートが語る スポーツの仕事「やる」から「つくる」へ- Vol.10–元ボクシング選手 木村悠さん~前編~

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会社で働いて、世界チャンピオンになる方法
~第10回目~
木村悠(きむら・ゆう)さん / 33歳
ボクシング選手→会社員(「FiNC」ヘルスケアソリューション兼アスリートサポート室長)
もう、ボクシングは辞めた方がいい
「そもそも何で商社に入ったかっていうと、試合に負けたからなんです」

2015年11月28日。WBC世界ライトフライ級王者ペドロ・ゲバラを破り、世界チャンピオンに輝いた木村悠さん。正社員として会社で働きながら、ボクシングで世界タイトルを獲った「商社マンボクサー」としても当時話題に、そのいきさつを教えてくれた。

「アマチュアで日本一になって、期待されて帝拳ジムに入ったんです。有名なジムですから当然“結果”を求められるんですよ。いきなり『世界チャンピオンになれ!』とはいわれませんが(笑)、無敗で日本チャンピオンになって、そこからキャリアを積んで世界に挑戦してチャンピオンになるっていうのが、ひとつの理想の構図。でも、私はあっけなく6戦目で負けてしまいました。その時点で『もう、辞めた方がいい』って、いろんな人にいわれたんです。ボクシングに向いてない、そんなところで負けるなんてチャンピオンになれる訳がない、ってさんざんに言われました。でも、自分自身は“プロとして甘かったな”と反省はしましたけど、辞めようとは思わなかったんです。そんな時にたまたま、学生時代の友人たちと2年ぶりに会ったんですよ。そこで、みんな社会に出て活躍して、人間的に成長しているなっていうのを強く感じたんですね。“自分も働いて人間的に成長したら、ボクサーとしてもっと強くなれるんじゃないか”と思ったのが、商社マンボクサーになるきっかけだったんです」

よし、サラリーマンになってボクシングも続けよう!と決心したものの、すぐにフルタイムで働ける仕事は見つからなかった。

派遣の仕事をやりながら、ようやく条件が合う会社が見つかったのが半年後。スポーツマンのセカンドキャリアを支援するエージェントからの紹介で入社したのが、電力や通信ケーブルの敷設工事のための部材を扱う専門商社。

「僕もこの仕事を知らなかったのですが、マンホールの中などに敷設する地中線の工事です。最近は、発電所から引く太いケーブルなどが、風景の邪魔をしないように、地下で工事するようになっているんです。もちろん、まったく知らない世界でしたね。しかも扱う部材が、ほとんどオーダーメイド。CAD図面を読んだり、強度計算をしたり、電力・通信関係の仕様もひと通り憶えなくちゃいけない。慣れるまで苦労しました(笑)」
仕事もボクシングも相手の立場になって考える
実は、プロと呼ばれるボクサーでも、働きながらボクシングをしている人が9割以上。やはり、ボクシングだけで生活していくことは難しいのが現状で、そのほとんどが日雇いやアルバイトだ。

正社員として働きながら世界を目指すボクサーは、これまで他に例がない。会社から木村さんに提示された条件は『仕事の責任を果たしてくれれば、あとの時間は自由にして良いよ』というものだった。

「勤務は月曜日から金曜日で、毎日9~17時まで。いわゆる“月金9時17時”の仕事です。もちろん残業をすることもありますが、それは自分の調整能力次第です。1日の時間割は、まず朝のロードワーク。いわゆる走り込みを30分~1時間やってから、会社で働き、退社後18時からジムで2時間半~3時間のトレーニング。で、家に帰って寝て、また次の日…というのを月曜日から金曜日まで。土曜日は仕事が休みで、ジムでトレーニング。日曜日は完全休養で身体を休める、というのが1週間のサイクルです。良かったな、と思うのは『規則正しい生活を強制的に送らざるを得なかった』ということですね。僕は、夜10時半には寝るようにしていました。そして、朝6時に起きてトレーニングするというのが基本です。ちゃんと身体を休めるためには“夜10時半に寝る”のが、いちばん大切なことだったんです。そこから逆算で考えると、9時には練習を終えて家に帰らないとご飯とお風呂の時間がなくなる。じゃあ9時までに家に帰るためには、6時にはジムに行って2時間以上はちゃんとトレーニングをする。6時にジムに行くためには5時までに仕事を終わらせなくちゃいけない。そうやって、逆算で1日のスケジュールを組み立てていきました」
会社員として働きながらボクシングをしていた当時の木村さん。仕事で得たことをボクシングにも活かしていた
納期が決まっていて、部材の制作日数も決まっている。そのためにスケジュールを立てて準備していくのが、木村さんの仕事。それは、ボクシングにも応用できるものだった。

「“◯月◯日に試合が決まった”とすれば、そこから逆算してどういうトレーニングをするか、何日前までにどのくらいの体重にしておけば良いか、という組み立ての幅が広がりました。もうひとつは、人と関わり合う機会が増えたのでコミュニケーションのチカラがついたことです。特に、相手の立場になって考えることができるようになったと思います。お客様に満足してもらって、また次も発注してもらうためには、やっぱり相手の立場に立って“何を求めているか”を考える。そうするとリングに立ったときも、相手がどうすれば嫌がるか、どうすれば自分のペースになるか、を考えるようになるんです。ただ自分がやりたいことをやるんじゃなくて、勝つために、結果を出すために、相手の立場になって、戦術・戦略を立てられるようになりました。そうやって『戦略的に考えて、ゴールに向かう』という自分のボクシングスタイルができあがっていったんです」(前編終わり)

後編はこちらから。
(プロフィール)
木村 悠 / 1983年11月23日生まれ、千葉県千葉市出身。2006年帝拳ボクシングジムよりプロデビュー。15年にWBC世界ライトフライ級のチャンピオンになり、商社に勤めながら世界王者になった「商社マンボクサー」としても話題に。16年4月に引退後、17年2月から、FiNCヘルスケアソリューション兼アスリートサポート室長として勤務している。

※データは2017年6月30日時点
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