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2017年5月9日11時58分

山あり谷ありの19年、正田樹は今もまだ夢を追いかけている(後編)

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円熟の登板も2年で戦力外
台湾野球、桃園棒球場でもプレーした
かつての正田は先発をつとめる本格派だったが、NPBに復帰後の正田は中継ぎ投手になった。

2012年は、5月まで二軍暮らしだったが6月8日に一軍に昇格。神宮の交流戦、ロッテを相手に1イニングを三者凡退に仕留める。

当初は負け試合での登板が多かったが、次第にリードした局面でも起用され、24試合で0勝0敗3ホールド、防御率2.84と言う好成績をマークする。25.1回で被安打は31と多かったが、塁に走者を出しても粘りの投球で切り抜けた。

翌2013年も正田は好調で、開幕から中継ぎ投手として活躍。5月6日から10試合連続無失点を記録するなど、なくてはならない存在になるが、6月27日のDeNA戦で2失点し二軍落ち。二軍ではまずまずの成績を上げるも、このオフに戦力外通告を受ける。左腕の調子が思わしくなかったのだ。

正田はこの年から始まった12球団合同トライアウトに参加するも、NPB球団からオファーはなかった。

そこで正田は再び台湾に渡り、2014年はLamigoモンキーズでプレーすることになった。しかしまだ肩が本調子ではなかった正田は、シーズン序盤撃ち込まれることが多く、5月12日に解雇される。すでに32歳、今度こそ引退かと思われたが。
四国から始まった新しい挑戦
2017年の正田樹​
2014年5月30日、正田樹は愛媛マンダリンパイレーツに入団を発表する。

ヤクルト時代の二軍コーチだった加藤博人が投手コーチに就任していて、正田を誘ってくれたのだ。

正田は四国アイランドリーグPlusでは、先発、救援で大活躍をした。すでに球速は140キロに満たなかった。はるかに速い球を投げる投手がたくさんいたが、打者に対する駆け引きや、緩急などでは、正田樹は他の投手の追随を許さなかった。2014年は7勝2敗、防御率は1位の1.02。後期のMVPを獲得した。

おりしもこの時期、愛媛マンダリンパイレーツには、巨人、中日で活躍した河原純一がいた。 当時の指揮官だった弓岡敬二郎監督は

「若い選手には、河原や正田の投球をよく見るように言っている。自分たちとNPBで活躍した選手は何が違うのか。単なる球速ではなく、投球技術を持っているとはどういうことなのか、それを学んでほしい。若い選手には、彼らに積極的に質問するように言っている」

と語った。2015年も正田樹は愛媛マンダリンパイレーツで投げた。投球術はさらに円熟味を増し、7勝3敗、防御率は驚異の0.74を記録。2年連続で防御率1位のタイトルを獲得。年間通してのMVPにも選ばれた。

このオフに正田は2007年、2013年に続いて3回目のトライアウトを受けるも、NPBからのオファーはなかった。2016年、愛媛マンダリンパイレーツでの3年目のシーズン、正田はやはり7勝を挙げた。被安打が増加して防御率は下がったが、依然一線級の実力を有している。

この年のトライアウトには正田樹の姿はなかったが、彼はまだNPBへの復帰の夢を捨ててはいない。
分厚いキャリアSTATSは正田樹の勲章だ!
2017年、かつてともに投げた河原純一新監督が率いる愛媛マンダリンパイレーツのロースターにも正田樹の名前がある。35歳。チームでは断トツの最年長だが、彼は今季も現役投手としてマウンドに上がる。正田樹のキャリアSTATS
アメリカなどでは珍しくないが、日本人でここまで分厚いキャリアSTATSを持つ選手は珍しい。NPB、ドミニカウィンターリーグ、台湾プロ野球(CPBL)、MLB、BCリーグ、そして四国アイランドリーグ。

アメリカなどでは珍しくないが、日本人でここまで分厚いキャリアSTATSを持つ選手は珍しい。 彼は世界中で野球をしてきた。トップクラスのリーグから、地域のリーグまで。それぞれのリーグで実績を残し、評価も得てきた。そして何度も戦力外の通告を受けてきた。それでもあきらめずにトライを続けてきた。

もちろん、彼は現役選手としてこれからも高みを目指すのだろうが、この経験は、現役生活を離れてからも大いに役立つだろう。
今の正田樹のホームグランド、松山坊っちゃんスタジアム
記事提供:Spportunity(スポチュニティ)
文・広尾晃「野球の記録で話したい」ブロガー、ライター

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