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2018年5月1日14時03分

IPC公認教材『I’m POSSIBLE』を通して日本はどう変わるのか? 開発・普及に注力しているマセソン美季さんに聞いた(後編)

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『I’m POSSIBLE(アイムポッシブル)日本版』の開発・普及に注力しているマセソンさんに“パラリンピック教育”の現状について話を聞いた
2018年平昌五輪・パラリンピックの幕が閉じ、いよいよ次に迎えるのが2020年東京五輪・パラリンピック。世界からの注目度もますます高まることが予想される中、本番での成功はもちろん、その先に何を残すかが問われており、その一つとして、パラリンピックへの理解や浸透が挙げられる。そこで現在、日本財団パラリンピックサポートセンターで、国際パラリンピック委員会(IPC)公認の教材『I’m POSSIBLE(アイムポッシブル)日本版』の開発・普及に注力しているマセソン美季さんに“パラリンピック教育”の現状について話を聞いた。

取材・文/斎藤寿子

前編はこちらから
「impossible」も工夫次第で「POSSIBLE」に
IPCと連携を図り、1年をかけて作り上げられ2017年に解禁となった『I’m POSSIBLE』。その名称には、実はこんな仕掛けがある。「不可能」という意味の「Impossible」に、「’」を加えることによって「可能」という意味の言葉「I’m possible」を導き出しているのだ。”不可能と思えることでも工夫ひとつで可能となる”。それが『I’m POSSIBLE』。

マセソンさんは、こう語る。「障がいのある人たちに対する偏見というのは、世界中どこにでも存在すると思うんです。でも『I’m POSSIBLE』によって、これまでマイナスにしか見えなかったものをポジティブにとらえられるような人が少しでも増えてくれれば徐々に社会が変わっていく。私たちは、そんな将来を目指して開発に携わっています」

実際、教材にはどのようにそのメッセージを落とし込んでいるのだろうか。体験授業の一つである「ゴールボール」を例に挙げる。ゴールボールは、五輪にはないパラリンピック独自の競技であり、視覚に障がいのある人たちのために作られたスポーツ。コート上の選手たちはアイシェードという目隠しをし、鈴が入った専用のボールを使用して行われる。ボールが転がったりバウンドした時の鈴の音を聞いて、選手たちはプレーをする。
体験授業ではパラリンピックの「ゴールボール」を実施。身の回りのもので代用できるように、バレーボールなどのボールにビニール袋をかぶせるという方法を提案
しかし、専用のボールは小学校にはない場合がほとんど。では、どうするのか。すぐに思いつくのは購入だが、それでは予算の問題や販売先を調べるという手間が発生し、なかなか実行には移すことが難しい。

そこで『I’m POSSIBLE』では、身の回りのもので代用することができるように、学校にあるバレーボールなどのボールにビニール袋をかぶせるという方法を提案している。通常、転がしたりバウンドしたりした時に聞こえる鈴の音の代わりに、“シャカシャカ”というビニール袋の音を聞き分けてプレーすることができる。

「“何でも工夫すれば可能になる”というメッセージは、なにも障がいのある人たちだけに限ったことではありません。人間だれしも『無理』『できない』と壁にぶつかることがあると思うんですね。そんな時に、すぐに諦めるのではなく、見方を変えたり工夫を凝らしたりすることでできるようになるかもしれない。この教材を通して、パラリンピック競技や選手たちを知る中で、子どもたちがそういう力を育んでいってもらえると、さまざまなことに対して柔軟な考えを持ってもらえるのではないかなと期待しています」
世界へ発信する日本版『I’m POSSIBLE』その内容は?
「I’m POSSIBLE(アイム・ポッシブル)日本語版」による授業では、座学・体験学習が行われている
昨年12月に解禁となった国際版は、インターネットで閲覧することができ、いつでも誰でも、無料でサンプルをダウンロードすることができる。しかし、その国際版に先駆けて発表されたのが、マセソンさんたちパラサポのプロジェクトメンバーとJPCが、ベネッセこども基金の協力を得て製作した『I’m POSSIBLE日本版』。

国際版を日本の教育事情にそってカスタマイズしたものだ。子どもたちに伝わりやすいようにクイズ形式にしたり、新学習指導要領が目指す、主体的・対話的に深い学びの視点を意識した内容となっている。

なかでも日本版の最大の特徴は、教員への細やかな配慮がなされているという点。昨年から小学校の指導要領には「パラリンピック教育」が組み込まれたとはいえ、競技の認知は十分ではない中、教材を提供しただけでは、授業で取り扱うのは難しい。また、教員が多忙を極めているという現実もある。

そこで日本版には、教員用の授業ガイドが付けられており、そこには解説だけでなく、子どもたちにどのように声をかければいいのか、その例も示されている。障がい者スポーツやパラリンピックに詳しくなくても簡単に授業に導入することができるようにという配慮からだ。

また、体験授業のゴールボールやシッティングバレーでは、国際版と同じ競技紹介の映像のほか、日本版には指導上のポイントや授業の段取りがわかる映像も新たに作成して付けられている。こうした丁寧な『I’m POSSIBLE』は日本版のみ。そのため、IPCでは日本版を逆輸入しようという話も浮上しているという。

実際に使用した教員からは“使いやすい”“分かりやすい”という声が多く届き、開発リーダーのマセソンさんも教材の質の高さに自信を持つ。ところが、配送先の学校でどう取り扱うかは、その学校や教員に委ねられている。そのため、当初は普及が遅々として進まなかった。昨夏、マセソンさんにインタビューした時には、こんなエピソードを打ち明けてくれた。

「東京都のある区で、小学校の体育教員の集会にお招きいただき、パラリンピック教育についてお話をする機会をいただいたんです。そこで『I’m POSSIBLE』という教材を知っている人は、180人中、わずか3人だったんです…」

では、約1年が経った今、果たしてどのような状況なのだろうか。 日本障がい者スポーツ協会によれば、2018年1月までに『I’m POSSIBLE 日本版』を実際に活用した学校は、全国で15パーセントという結果が報告されている。もちろん、十分とはいえない数字だが、“知る”ことにも至っていなかった状況を考えれば、“認知”の次の段階である“普及”においても着実に広がりを見せていることは間違いない。

「じわじわとではありますが、小学校の教育現場に浸透してきたという実感を抱いています。最近では“私たちの学校でも導入したいのですが”と、学校側からアクションを起こしていただけるようにもなってきました」
カナダと日本を行き来しながら、さらなるパラリンピック教育の普及に情熱を燃やすマセソンさん
さらに、学校ごとにさまざまな工夫もこらされているという。ある小学校で4年生の授業で『I’m POSSIBLE日本版』が活用された。すると、ゴールボールの体験授業を受け持った担当教員が“4年生の授業だけで終わらせるのはもったいない”という声をあげたのだという。

その理由は“みんながゼロからのスタートで、得意不得意なく、クラス全体で盛り上がることができ、体育が苦手な児童も楽しそうにやっていたから”というもの。しかし、他の学年では授業に盛り込むことは難しいとされたが、そこで考えられたのが休み時間の活用だった。お昼休みに4年生が、一学年ずつ、児童にゴールボールのやり方を教えていくという方法だった。

「その事例をうかがった時“なるほど!”と思いました。私たちは授業の中でという概念があったのですが、工夫し、授業以外のところでもできるんだなと改めて教えてもらいました」

マセソンさん自身も実際に学校に赴き、授業を見学したり、ゲストスピーカーとして参加している。どこの小学校でも共通しているのは、授業をする前とした後の反応の違いだ。

「障がいのある人たちに対して、子どもたちは最初“かわいそうな人”というふうに見ていると思うんです。でも、例えば授業の導入でリオデジャネイロパラリンピックの映像を観たとたんに“すげぇ”“かっこいい”という声が次々と聞こえてくる。そして、授業が終わるころには『どうしたら片脚であんなに跳べるの?』『パラリンピック選手って凄い!』と目を輝かせている。これは、障がい者理解の第一歩としてすごく大事なことで、私たちがまさに目指してきたこと。そんなふうに子どもたちの反応を見るたびに『I’m POSSIBLE』の意義を感じます」

現在は、小学生版第二弾と、中高生版第一弾の開発が進められており、今年6月に発表される予定だ。

今年もカナダと日本を行き来しながら、パラリンピック教育の普及に情熱を燃やすマセソンさん。『I’m POSSIBLE日本版』に込められた思いをこう語ってくれた。

「この教材に取り組んできた日本が、東京パラリンピック開催によってどんな社会を築いていくのかということは、IPCをはじめ世界が注目しています。『I’m POSSIBLE』に込められたメッセージを世界に発信する、そんな大会になってほしいです。そして2020年以降につながるレガシーとなってほしいと思います」

東京パラリンピックの成功は、メダル獲得数だけではない――。

※データは2018年4月25日時点
(プロフィール)
マセソン美季(ませそん・みき)
1973年7月17日生まれ。大学1年生の時に交通事故で車いす生活に。1998年長野パラリンピックでは、アイススレッジスピードレースで金メダル3個、銀メダル1個を獲得。その後、カナダのアイススレッジホッケー選手と結婚しカナダ在住。2016年からは、日本財団パラリンピックサポートセンター推進戦略部プロジェクトマネージャーを務め、2020年東京パラリンピックに向けて、パラリンピックムーブメントの推進に取り組む。
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