Home > 特集・連載 > 亜耶バネッサのキャリアアップ・結婚・出産・子育て体験記Vol.5【メイクとラグビー、そして怪我から気がついた本当の想い】

2016年7月12日11時30分

亜耶バネッサのキャリアアップ・結婚・出産・子育て体験記Vol.5【メイクとラグビー、そして怪我から気がついた本当の想い】

  • LINEで送る
現在、女性の魅力を最大限に引き出すトータルビューティーアドバイザーとして活躍している亜耶バネッサさん。今回はメイクの世界に没頭しているなか、再びスポーツの世界、それも「ラグビー」に出会った時の話をうかがう。

関連記事:亜耶バネッサ体験記Vol.4【就職、そして退職。 やっぱり私は人をキレイにしたい!】
―メイク漬けの毎日、そんな中でトレーナーにいわれた一言―
仕事を辞め、メイクスクール『Be-staff』に通いはじめた時は、とにかくがむしゃらで『メイクの技術を磨きたい、もっともっと上手になりたい』と朝から晩までメイク漬けの毎日でした。

それでもやっぱりカラダを動かすことが好きだったので、週に1、2回はトップアスリートを育てている竹田和正トレーナーに、エクササイズとして見てもらっていました。プロ選手を育てているので、私も他のアスリートの方達と時々混じって同じメニューをさせてもらっていました。そんなある日「女子ラグビー日本代表のトライアウトがあるからやってみたら?」と勧めてくれました。

元々大学(慶応義塾大学)の友達でラグビー部に所属していた人もいましたし、有名な“早慶戦”も何度か観戦には行っていたので、ルールもわかっていました。さらに、大学の親友が当時ラグビー部のトレーナーをしていたこともあり、世田谷の河川敷に行って練習をしている様子を何度か眺めていた。私には身近なスポーツでしたね。

だけど、まさかラグビーをやるとは自分自身でも思っていなかったので、誰にも言わずこっそりトライアウトに参加しました。

空手をやっていたおかげで足腰が強く、体格の大きい人と組んでも負けていなかったし、空手だけじゃなく、バスケットボールやサッカーを高校大学でやっていたこともあり、格闘技と球技を合わせたような総合的なラグビーが私にはフィットしたんだと思います。

『トライアウトは見事に合格し代表候補となりました』
―女子ラグビー日本代表候補に―
トライアウト合格後は、ラグビーとトレーニング漬けの毎日だった
トライアウトの翌日の新聞に「空手の元チャンピオンがラグビー代表に!」と載っていました。もちろんそんな事は知らない親や友人からは電話が掛かってきて「えっ?バネッサ、ラグビーやるの?」って。

オリンピック競技にも選ばれたし興味があった私は、どこまでラグビーで通用するんだろう?という好奇心がありました。そして、選ばれたからには必死で練習しようと決め、時々河川敷で眺めていた世田谷レディースというクラブチームに「チームの一員として、ここで練習させて下さい」とお願いをしました。

平日はメイクレッスンを朝から夜までやって、空いている時間にトレーニング、そして週末はラグビーの練習と試合漬けという多忙な生活が続きます。

ラグビーはどんどん楽しくなっていきましたが、同時に代表候補合宿はそれ以上に大変でした。日本代表レベルの女子はレベルが高く、男子に混じって練習をしてきたという人も多かったので、私との実力差は歴然。しかし、代表候補に元空手チャンピオンで、メイクアップアーティストがいるという珍しさからか、イギリスから取材が来るということもありましたが、選手としてのギャップを埋めるのに正直必死でしたね。

取材に関しては、ラグビーが取り上げられ“宣伝効果になれば良いな”という気持ちでした。他のチームメイトも「バネッサが出ることでラグビーがどんどん盛り上がる!」と言ってもらえて、本当に良い人ばかりでした。だから、すぐに打ち解けることができ、代表のチームメンバーや育成の中高生たちに、練習終わりにメイクや髪の毛を編みこんであげるということを、よくしていました。世田谷レディースのメンバーにも練習終わりには、メイクに関しての話や恋愛話など、女子トークで盛り上がっていました(笑)。
代表候補に元空手チャンピオンでメイクアップアーティストがいるという珍しさから、イギリスから取材が来るということもあった
―開始5分のアクシデントが明暗を分ける―
新たな仲間も増え、ラグビーの楽しみや喜びを見出し始めていたころ、代表になるための候補を絞り込むテストマッチがあり、私はフランカー(※スクラムを組む時に、後方右または左端から押し込むプレーヤー。スクラムにも参加し、バックス陣が攻撃している時にはサポートとして走り回る)のポジションで出場しました。

ここでアピールができたら代表になれる!と、気合いがとっても入った試合でしたが…なんと開始5分で腕を痛めてしまいました。

怪我をしていようが、その時は『選ばれたい』の一心で最後まで走り続けましたが、試合後の診察結果は完全骨折。候補を絞り込む次回のテストマッチのタイミングまでには完治するかもと医者にもいわれていましたので、引き続きギプスをしたままでのリハビリ&トレーニングは続けました。しかし、最終選考に間に合わず、骨折が完治し、ラグビーへ復帰するのは最終セレクションの後でした。

その時の悔し涙は今でも忘れられません。

そして、その後の練習や試合で二度も脳震盪をおこしました。ラグビーは怪我の多いスポーツですが、怪我や脳震盪になるということは全て自分の力不足だと痛感しました。また、骨折は利き手だったので、メイクも半年ほどできず、復帰後も脳震盪で試合に出られず…。周囲の選手が熱い思いでプレーしているのを見ていると、だんだんと自分が中途半端に思えて来てしまったし、メイクの方も仕事としてスタートを考えていた時期で「このままでは生活ができなくなってしまう」という考えが頭の中をどんどん支配してきます。

そしてついにラグビーから逃げてしまい、応援してくださっていた皆さんを裏切ってしまいました。
―メイクとスポーツ―
私にとってスポーツや芸能活動は「私がこれをしたい!こういう結果を残したい」という自己満足的な目標だったから、あまり長続きがしなかったのかもしれません。。。始める時には理由はないんですが、辞めるときにはいろいろ理由が出てきました(笑)

しかし、メイクをやりたいと思う気持ちだけがブレないのは「人を綺麗にしたい、どうしたらその人がより輝けるか」という見えないゴールに向かっているから、そう気が付いたんです。

撮影協力:LADIANCE&Co.
プロフィール
亜耶バネッサ(あや・ばねっさ)
1986年5月14日生まれ、兵庫県出身。5歳から空手を始め、全国大会、世界大会で型の部、組手の部ともに優勝を重ね、その後、ラグビー女子日本代表候補になるなどアスリートとして活躍。現在は、パーソナルメイク、メイクセミナーの講師、美しい姿勢を指導する適正姿勢指導士として、女性の魅力を最大限に引き出すトータルビューティーアドバイザーとして活動している。また、ブライダルメイク、撮影現場でのヘアメイクアップアーティストとしても活躍。HP:亜耶バネッサオフィシャルブログ
  • LINEで送る
  • sports japan GATHER キャリア支援サービス