Home > 特集・連載 > 元アスリートが語る スポーツの仕事「やる」から「つくる」へ- Vol.7–元プロ野球選手小野寺力さん~後編~

2016年3月29日11時45分

元アスリートが語る スポーツの仕事「やる」から「つくる」へ- Vol.7–元プロ野球選手小野寺力さん~後編~

  • LINEで送る
新たな挑戦 用具担当から二軍マネジャーへ
用具担当を3年間行った小野寺さん。16年からは二軍マネジャーへ
~第7回目(後編)~
小野寺力(おのでら・ちから)さん/35歳
プロ野球選手→球団職員(埼玉西武ライオンズ)

取材・文/太田弘樹

【関連記事】「もう一度ライオンズのユニフォームを着て仕事がしたい」元アスリートが語るスポーツの仕事元プロ野球選手小野寺力さん~前編~

練習と試合によって多少異なるものの、用具担当として小野寺力さんは開始の1時間前に準備を開始する。前日の夜に磨いておいたボールを出して、練習が終わったらそのボールを回収し、ボールを機械で磨く。そして倉庫の中に、明日使うボールや道具を全部用意して帰るというサイクル。輝かしい選手時代とは一変、陰で支える仕事を3年間行った。

そんな中、同じ境遇に身を置いていた一人の元プロ野球選手の存在が大きかったという。それは、読売ジャイアンツなどで活躍した入来祐作さん。入来さんは、08年12月にチームサポーターとして横浜DeNAベイスターズと契約。打撃投手を1年間務めた後に、10年から12年夏まで二軍の用具係を担当、12年秋から14年秋まで一軍の用具係を務めた。約4年間用具係りを行い、15年に福岡ソフトバンクホークスの三軍投手コーチへ就任。7年振りの現場復帰を果たしたのだ。

「2軍の試合のときに、1回お話をする機会があり、そうしたら私と同じ気持ちでした。ユニフォームをまた着たいという思い、大変だけどお互い頑張ろうということを話すことができました。だから昨年、福岡ソフトバンクホークスでコーチに就任し、泣いて喜んでいた入来さんの気持ちすごく分かりましたね。今はすごく充実していると思います」

入来さんは、16年ソフトバンクの三軍投手コーチから二軍投手コーチへ。一方小野寺さんは、コーチではないものの新たに2軍マネジャーというポジションを任されることになった。

「正直、呼ばれた時に嬉しさと不安が…でも、ホッとしている部分はありました」

2軍マネジャーとは、一言でいうと『2軍のこと全てを行う』仕事。例えば、ホテルの予約から電車、飛行機、球場での食事の手配。試合中もメンバー表の交換やスコアボードの記入。ホテルでは食事のメニューチェックや選手の部屋割り、1日中休む暇はなさそうだ。

「今はパソコンとにらめっこするような…自分では少し苦手な部分だったりしますね。でも、やらないでダメっていうよりかは、まずやってみてどうなのか、何もやらないでダメっていうのは嫌なので。まずやってから考えようと思いました」
ホテルの予約から電車、球場での食事の手配などパソコンを使い2軍選手のサポートをしている
『2軍のこと全てを行う』マネジャーの仕事。多くの資料を管理している
コーチになるという思いは決して変わらない
現在、マネジャーとして日々忙しく働く小野寺さん。しかし、最終的には『指導者・コーチ』という立場で野球に携わりたいという意志は強い。

「選手の時から指導者になりたいという気持ちはありました。トレーニングって、体の大きさや投げ方など全然違うので、個々に合ったトレーニングの仕方だったり、色々なところで勉強しました。アメリカに行ったこともありましたね。やはり痛みをかかえながら投げている選手がいる中で、トレーニングでどのようにカバーできるのか、私も肩を痛めていましたので、そういったことを教えられるようになりたいです。5年、10年後と遠回りしても、コーチをしたいです」

最後に、小野寺さんからセカンドキャリアを考えるアスリートたちにアドバイスを

「私がプロに入る前に、先にプロになった兄が肩の故障に悩まされて、戦力外通告を受けたんです。その後、次の仕事を探す姿も見ていました。いい時ばかりじゃない、兄以外にも辞めて苦労している人を見ていたので…怪我をして辞めなくてはいけないときがいつ来るか分かりませんから、引退後のことはプロになったときから考えていましたね。現役を辞めた時、じゃあ次に何をやるかって、そこから考えてはすごく遅いと感じました。だから、その時のために準備をどういうふうにしていくか。例えば私はコーチをしたいという思いがありましたので、色々な本を読んで勉強して、現役時代に教職課程を取れないか調べたりもしましたよ。通信教育でも年に数回学校に行かなくてはいけない、試験があるなどしたので諦めましたが、そういう準備をしておくことが大事だと思います。お金も辞めた時にありませんじゃ困ります。野球であれば、契約金など、最初にまとまったお金が入ります。やはり、何かのために蓄えておくことが大切です」
(プロフィール)
小野寺力/1980年11月26日生まれ、埼玉県熊谷市出身。2002年 ドラフト4巡目で西武ライオンズに入団。ポジションは投手、長身から投げ下ろす最速154キロの直球とフォークボールを軸に力で押すピッチングスタイル。06年には、抑えとして起用され、7月まで防御率1点台を維持し、同月には初の月間MVPを受賞。同年はチーム最多の59試合に登板して防御率2.82、7勝29セーブを記録。11年に交換トレードでヤクルトスワローズに移籍。12年に怪我などの影響により、登板が減少。球団から戦力外通告を受けたことを機に、現役を引退。その後、西武球団に職員として復帰。埼玉西武ライオンズオフィシャルサイト

※データは2016年3月29日時点
  • LINEで送る