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2016年1月26日16時45分

「2002年日韓ワールドカップの時に“勝負”だと思いフリーになりました」スポーツの仕事現場 ピッチレポーター日々野真理さん(後編)

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知りたい!就きたい!スポーツの仕事現場
連載6回目~フリーアナウンサー編~
給料は大きくアップしかし病気になれば収入は「0」
2002年の日韓ワールドカップの大会前にフリーに転身。その理由はスケジュールとここで勝負に出たいという思いからだったという。

「色々な仕事を一緒にやっていく中で、スケジュール組がとても難しくなってきたんです。試合の前日は取材に行きたいので、仕事を調整するということが続きました。しかし、それはお金が発生するものではないので、事務所としては当然仕事を優先させたいんです。サッカーに関わる時間を自身で管理したい、そして日本でワールドカップが行われるということで、勝負をかけないと後悔するかなと思い、事務所に相談をしました。快諾までとはいきませんでしたが、条件を付けられた中でフリーになっても構わないという答えをいただきました」

所属事務所を離れ、お金の面からスケジューリングまで全て一人で行う道を選んだ日々野さん。給与の面の変化はあったのだろうか。

「事務所に所属していたときは、給料制ではなく出来高制で仕事をした分お金が入るという形でした。そして私が仕事をして得た報酬の何割かを事務所が取る代わりに、テレビ局やイベントを開催する会社と交渉をしてくれるという契約でした。02年からは、自分で交渉をしています。それが独立しての大きな違いだと思いますね。テレビ、ラジオ、イベントなど仕事によりある程度“値段”の相場というのは色々な情報を加味した中で自身で設定しています。ただ安い高いではなくて、これは自分にとってやったほうがいいと思う仕事は引き受けますし、それなりに評価してもらい対価をいただくのがプロだと思います」

また給与額としては、OLとして働いていた時と比べ大きくアップしたという。

「その年によりますが、(OL時代と比較して)何倍かにはなっています。今しか稼げないということもありますし、取材経費も掛かりますからね。まあそれなりに一人で生きていける収入は得ています。でも病気で働けなくなれば収入は0ですから(笑)、そこがフリーの大変なところだと思いますよ」
相手のことを知りたいという強い思いが必要
その後、11年にサッカー女子“なでしこジャパン”がドイツで開催されたワールドカップで優勝。日々野さんは、03年からなでしこを取材&レポートとしていたこともあり、一躍注目され、時の人になった。寝る間もないほど仕事に追われたというが、現在はどのようなスケジュールで仕事をこなしているのだろうか。

「サッカーカレンダーとともに仕事量が変化するという感じですね。今Jリーグでは、FC東京で主にレポートをしていますが、男女ワールドカップやオリンピックがあれば海外に行きますし、毎年何かしらの大会で海外にいくようになりました。海外での仕事が多くなり英語を使う機会が増えましたが、まさか米国留学がこんな形で役立つなんて思ってもみませんでした。仕事の幅は本当に広がりましたね。Jリーグでも英語を話す監督や外国籍選手はいるので、直接話すことができるのは、とてもプラスになりました」

最後に、この仕事に就くためには、どのようなスキルが必要なのかを聞いた

「1つ目は『相手を知りたい』と思うことですね。本当に知りたいと思っている人と流れで聞いている人では感じるものが違います。2つ目は『自身の強みを見つめてみる』ことです。それがヒントになるかもしれません。私は“質問する”という強みがあったと思います。前職では、会社の方に気になることがある度に質問をしまくっていたんですが“何でも聞くんじゃない”といわれていました。しかし、今では『何で?』がすごく大事なことになります。質問がなければ選手との話が広がっていきませんし、相手が何を考えているかわかりませんからね。最後は『話すという技術』をきちんと磨くことです。やはりサッカーやスポーツが好きだという気持ちだけではこの仕事は成立しません。アナウンススクールに行ってみる、オーディションを受けてみるとか、まず話すという窓口をたたいてみるということから初めてみるのがいいかもしれません」

日々野真理オフィシャルツイッター: https://twitter.com/hibinomari

取材/文・太田弘樹
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